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岐阜地方裁判所 平成2年(行ウ)3号 判決 1992年8月05日

岐阜市六条大溝三丁目一番一七号

原告

株式会社ピースター商事

右代表者代表取締役

高橋成典

右訴訟代理人弁護士

横山文夫

岐阜市加納清水町四丁目二二番地

被告

岐阜南税務署長 大村政敏

右指定代理人

長谷川恭弘

大圖玲子

意元英則

服部勝

村上正己

清水修

石川唯司

吉野満

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告が原告に対し昭和六二年一〇月一三日付けでした昭和五六年九月一日から昭和五七年八月三一日までの事業年度以後の法人税の青色申告承認を取消すとの処分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

(本案前の答弁)

主文と同旨

(本案に対する答弁)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  原告は金物・日用品・雑貨・食料品の卸小売を目的とする会社であるところ、被告は原告に対し、昭和六二年一〇月一四日、同月一三日付けで、「帳簿書類の備付け、記録又は保存に怠りがあったこと」及び「原告が訴外片山株式会社との取引について取引の一部を隠ぺいしたこと」を指摘し、法人税法一二七条一項一号及び三号に該当する事実があるとして青色申告の承認を取り消す処分をした(以下「本件処分」という。)。

2  昭和六二年一二月一五日朝、封筒の下部に「株式会社ピースター商事」と印刷され、岐阜中央郵便局の同月一四日の消印のある簡易書留郵便物(以下「本件封書」という。)が被告に配達されたところ、被告の担当者は、これを未開封のまま、その返戻方を求めた訴外木村照夫税理士(以下「木村税理士」という。)に渡し、同税理士は、これを持ち帰った。

3  原告は、「本件封書には本件処分に対する原告の異議申立書が封入されており、適法な異議申立てがなされたにもかかわらず、被告において右異議申立てに対する決定をしない。」などと主張し、平成元年五月一二日、国税不服審判所長に対し、本件処分に対する審査請求をしたところ、同所長は、平成二年二月一五日、「原告は、本件処分の原処分庁である被告に対する適法な異議申立てをしていない。」との理由で、右審査請求を却下する旨の裁決を行った。

二  争点

本件は、原告が右法人税法の各規定に該当する事実は存在しないとして本件処分の取消しを求めるのに対し、被告は、右事実が存在すると主張するとともに、原告が本件処分について異議申立てをしておらず、前記審査請求も不適法なものとして却下されているから、異議申立てについての決定、審査請求についての裁決を経ていないとして本件訴えの却下を求めるという事案であって、その本案前の争点に関する当事者の主張は次のとおりである。

1  原告

昭和六二年一二月一四日、原告代表者は、本件処分に対する異議申立てをすることにし、かねてから本件処分の対応について相談に乗ってもらっていた木村税理士から紹介を受けた訴外辻良造税理士(以下「辻税理士」という。)にその異議申立書の下書きをしてもらった上、異議申立書を清書し、原告代表者の妻高橋小代子(以下「小代子」という。)が右異議申立書(以下「本件異議申立書」という。)の入った封筒(これが本件封書である。)を岐阜中央郵便局から書留郵便で岐阜南税務署宛郵送した。ところが、同日午後一一時ころ木村税理士から原告代表者に「和田正(当時の岐阜南税務署の副署長。以下「和田」という。)から電話があり、異議申立てをしたのはよくないので、郵送した異議申立書は取り戻して来る。」旨の電話があり、原告代表者はこれに反対した。

次いで、木村税理士は、同年一二月一五日午前一一時ころ、原告代表者に、異議申立書をもらってきた旨の電話をした上、同日午前一一時三〇分ころ、原告の事務所を訪れ、本件封書をそこにいた小代子に渡した。

本件処分に対する異議申立てを巡る経過は以上のとおりであって、何の権限もない木村税理士が和田ら係官と相談の上、岐阜南税務署に到達した本件異議申立書を故意に内部的な受理手続が経由されていないうちに持ち帰ったものであり、右持ち帰りに原告代表者は何らの関与もしていない。

したがって、本件異議申立書は、被告に適法に受理されたものというべきである。

2  被告

本件封書に本件異議申立書が入っていたかどうかは分からないし、本件封書の返戻の経緯は次のとおりである。

(一) 原告の関与税理士である木村税理士から、同年一二月一四日の夜、和田の自宅に、「原告の異議申立書を被告に宛てて郵送したが、原告は異議申立てをとりやめることにしたので、郵送した異議申立書は、被告で受理手続をする前に返戻して貰いたいから、明日早々に返戻を受けにいく。」旨の電話があった。和田は、木村税理士が原告の関与税理士であり、本件処分の後になされた被告の原告に対する法人税更正処分及び納税告知処分に関して被告ないし被告係官と幾度となく折衝している者であることから、同税理士の申出を了承した。

(二) 木村税理士は、同年一二月一五日の朝、岐阜南税務署赴き、同日配達された本件封書を被告において受理手続をする前に、同税務署の担当者から開封しないままに返戻を受けた。

(三) 原告代表者は、昭和六三年一月二三日及び四月二六日に木村税理士とともに岐阜南税務署に赴いた際、いずれも原告代表者に係る認定賞与として賦課決定された源泉所得税の告知処分についての話はしたものの本件封書の前記返戻については何ら苦情を申し立てていないし、その後も、二、三度小代子とともに同税務署を訪れたが、右返戻についての苦情を申し立てていない。

以上のように、本件においては仮に本件封書に本件異議申立書が封入されていたとしても、被告はこれを受理しておらず、本件異議申立書により本件処分に対する異議申立があったとは認められないから、被告においてこれについて決定をなすべき義務も発生していない。

第三当裁判所の判断

一  本案前の争点について

1  前記争いのない事実に証拠(後掲)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認定できる。

(一) 原告は、昭和五二年ころから岡山県にある圧力鍋等の卸会社である訴外片山株式会社(以下「片山」という。)と取引するようになったが、昭和六二年二月ころから、片山から得たリベートを帳簿に記載していないのではないかということで税務調査を受けるようになり、同年三月には、帳簿書類の検査を受け、その備付け等が不備であるとの疑いももたれるようになった。

原告は、会社設立以来十数年間にわたり清水税理士に税務処理を委任していたが、原告代表者においては、右税務調査における清水税理士の態度に不満をもったことから、清水税理士を解任して、知人の紹介により知った木村税理士に税務処理を委任することにし、同年十一月四日、原告は被告に対して、木村税理士を税理士法三〇条による関与税理士としての届出をした。

(甲一、乙六、証人木村照夫、原告代表者本人)

(二) そこで、木村税理士は、単独あるいは原告代表者とともに、岐阜税務署を数回訪れ、本件処分について、担当である和田と面談するなどして交渉を重ねた。この交渉の過程で、木村税理士は、本件処分については被告の証拠書類が調っていることから被告が再考する余地はないものの、片山から得たとされるリベートが原告においてどのように使われたか不明であるとして原告から原告代表者個人に対する認定賞与とされている点については、減額処理されるのではないかとの感触を得た。

(証人木村照夫、証人和田正)

(三) このような状況の下で、本件処分についての異議申立期間の満了の日である昭和六二年一二月一四日を迎えたが、木村税理士は、それまでに異議申立手続を行ったことがなかったので、原告代表者が異議申立手続をとりたいとの意向であれば、これに対応する必要があるので、異議申立ての用紙を持参するとともに、国税局に勤務していたころからの旧知の友人であって、異議申立手続にも通じている辻税理士にも入ってもらうことにして、同税理士を呼んだ。そして、原告代表者、辻税理士及び木村税理士は、当初は原告の事務所で、その後右事務所の近所にある食事処「木曽路」(以下「木曽路」という。)に場を移して、異議申立てを行うかどうかについて相談を続けた。

(証人木村照夫、証人辻良造、原告代表者本人)

(四) 原告代表者は、右相談の結果、異議申立手続をとることにしたが、木村税理士は、異議申立手続をとることには消極の意見であり、右手続きをした経験もなかったことから、本件処分に対する異議申立てに関与したくなかったので、「右異議申立てについては、関与税理士である自分の名は出さずに原告本人名で申し立ててもらい、その後の手続きについては、他の税理士に依頼して欲しい。」旨申しでた。そこで、木曽路において、辻税理士が異議申立書の下書きを起案し、原告代表者がこれを清書して、午後六時前に途中から右相談に加わっていた小代子(経理担当取締役)が岐阜中央郵便局に赴いて、本件異議申立書を封入した本件封書を簡易書留によって発送した。

(甲二の一ないし三、証人木村照夫、証人辻良造、証人高橋小代子、原告代表者本人)

(五) ところが、岐阜中央郵便局から木曽路に本件封書を無事発送できた旨報告に戻ってきた小代子を交えて、辻税理士が、本件異議申立てについての原告の証拠が乏しいこと等、原告の置かれた状況を踏まえて、「異議申立てをしたけれども、再調査の段階で棄却になる可能性も高く、そうすると国税不服審判所に対する審査請求、更には裁判となり、今後相応の時間と金銭がかかる可能性が高い。」と先の見通しには非常に難しいものがある旨を話した。また、木村税理士が、「和田との話し合いの結果、原告代表者個人の認定賞与について減額処理される可能性が出ているけれども、異議申立てにより再調査ということになると、被告において本件処分についての審査を一から始めることになり時間もかかるかも知れない。」旨を話した。そして、小代子が、「手間暇かけて裁判をやるよりも、商売に身を入れてやった方が良い。」との意見を述べたことなどもあって、原告代表者も、争っても必ずしも得策ではないと考えるようになり、結局右異議申立てを止めることにし、原告代表者の意を受けて、木村税理士が、被告の方から本件異議申立書を取り戻すことができるか和田と相談してみることになった。(証人木村照夫、証人辻良造)

(六) そこで、木村税理士は、自宅に戻り、同日午後一一時ころ、和田の自宅に電話し、同人に対し、「異議申立てをしなかったことにしたので、翌日岐阜南税務署へ行くから、原告から郵送した封筒を受理手続をする前に返してほしい。」旨依頼した。右申出を受けた和田は、木村税理士が原告の関与税理士として、本件処分についての交渉を担当していたことから、右申出に応じても問題はないと判断し、翌一五日は自分が登庁しないことから、直ちに、同税務署総務課長に対し、翌日木村税理士が原告差し出しの封筒を取戻しに来るので、右封筒については受理手続をしないで、木村税理士に返すよう指示した。他方、木村税理士は、和田との右交渉を終えた直後、電話で和田が本件封書の返戻につき承諾し、「あした取りに来いということですから、私が取りに行ってきます。」と原告代表者に伝えたところ、原告代表者は、「分かりました。」と答えて、同税理士の措置を了承した。

(乙一、証人和田照夫、証人和田正)

(七) 木村税理士は、同年一二月一五日の朝岐阜南税務署を訪れ、職員から、未だ受理手続が経由されていない未開封の本件封書(封筒に収受日付印も捺印されていなかった。)を受け取り、これを原告の事務所に持参して、そこにいた小代子に渡した。次いで、原告代表者は、小代子から本件封書を受け取った。

(甲二の一ないし三、証人木村照夫、証人和田正、証人高橋小代子、原告代表者本人)

(八) このようにして異議申立ては存在しなくなったものの、木村税理士は、引き続き原告代表者個人に対する認定賞与の問題で、和田と折衝し、その結果、被告において減額要素を見出せたので、認定賞与については、一部減額の処分がなされたところ、この折衝の過程において、原告代表者は、木村税理士に同行し、和田と面談したが、本件封書の返戻について、何らの苦情を申し出ることもなかった。

(乙一、証人木村照夫、証人和田正)

2  以上の認定に反し、原告は、「小代子は、岐阜中央郵便局で本件封筒を発送した後木曽路に戻っていないから、同女が異議申立てを辞める旨の話をするはずがなく、また、原告代表者は、異議申立てをした後も、あくまでも争うつもりであって、異議申立ての意思を翻したことはなく、木村税理士が本件異議申立書を持ち帰ったのは、木村税理士が独自に和田と相談して決めたものである。」旨主張し、証人高橋小代子及び原告代表者の各供述中には、右主張に副う部分が存在する。

そこで、検討すると、まず、本件封書を発送後の小代子の言動についてみるに、小代子が右発送後木曽路へ戻ってきたこと及び小代子が異議申立てを止める旨言い出したことは、いずれも証人木村及び同辻の一致した証言である上、これらの証言内容は、首尾一貫し、具体性に富んでおり、信用性の高いものと認められるのに対し、原告代表者は、当初は小代子が木曽路まで戻ったことを自認しながら、証人木村の尋問において、小代子が本件封筒を発送した後木曽路に戻ってきて異議申立てを止める旨言い出したことの証言がなされるや、小代子が本件封筒を発送した後木曽路に戻っていないと主張するなど、一貫性がなく、信用性に欠けるのに加え、証人小代子の法廷での供述は、記憶違いがあったとして日を改めて行われた続行期日において供述の内容を覆すなど全体として信用性の乏しいものであって、いずれも採用することができない。そして、右小代子の異議申立ての撤回の提案に応じ、原告代表者が異議申立ての意思を翻して、木村税理士に異議申立書の返戻を依頼したことについては、右認定のとおり、小代子が異議申立てを止める旨言い出したならば、原告代表者がそれに同調して異議申立ての意思を翻すことは自然であるし、また、木曽路において異議申立を撤回する話が出なかったとすると、結局、木村税理士がことさら原告の意思に反して本件封書を取り戻してきたことになるけれども、木村税理士において、原告の意思に反し、責任を追及される危険を冒してまで本件封書を取り戻してくる理由は何ら認めることができず(甲第五号証は、乙第五号証に照らして採用できない。)、しかも、その後においても、木村税理士は、原告の関与税理士として、被告との折衝にあたっており、引き続いて原告と木村税理士との信頼関係が維持されていることからすると、木村税理士が原告の意思に反して本件封書を取り戻してきたとは認められない。

2  右1に認定した事実によると、原告は木村税理士に対し、本件異議申立書の封入された本件封書を受理しないよう被告に伝達し、本件封書を取り戻す権限を与えており、木村税理士は原告の使者として、岐阜南税務署副署長の和田にこれを伝達し、同人の了解を得た上、同税務署に配達されたままで受理手続に入っていない状態の未開封の本件封書を岐阜南税務署から持ち帰っているのであって、そうしてみると、本件処分に関する異議申立ては、被告において受理される前に撤回されたものと認められ、受理の効力は生じていないものというべきである。

これに対し、原告は、「異議の取り下げは税理士法三一条で特別授権事項になっており、かかる授権のない木村税理士による取り下げは無効なものであるから、異議申立ては適法になされている。」旨主張するが、右のとおり、本件は、異議申立てが受理される前に原告代表者の意思に基づいて撤回されていると認められる事案であり、受理後における取り下げの問題は生じないと解するのが相当であるから、原告の主張は理由がない。

二  以上の次第で、原告の本訴請求は、不服申立ての前置を経ておらず、国税通則法一一五条一項本文に反し、不適法なものであるから、却下することとする。

(裁判長裁判官 日高千之 裁判官 鍬田則仁 裁判官 浅見健次郎)

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